父と娘が分かり合うには
10代、とりわけ中学生、高校生ごろの娘は、とかく父親と上手く行かなかったり、父親を避けることがある。悪気があってのことではないのかもしれない。一説によると、娘は近親間での恋愛感情を防ぐための生物的な仕組みによって、父親の臭いを好ましくなく感じるとも言われる。そのために必要以上に父親を避ける者もある。
さらに、父親とは口もきかない、という娘もある。幸い私と私の父は、幼いころから今まで、よく会話をしてきた。口論になったり叱られたりしたことも稀にあるが、まったく口をきかない時期はあまりなかった。それはやはり、父が私の意思を尊重してくれていることも大きかったように思う。
父は幼いころから今に至るまで、私の好きなようにさせてくれているように思う。私は父から頭ごなしに叱られたと感じたことはない。勉強しなさいと言われたこともほぼない。妹は私よりは勉強家である。明けても暮れても勉強し、塾に通い、宿題に追われる生活を、小学生のころから高校生になった現在に至るまで彼女は続けている。しかし、そんな妹と私を比較されたことは全くない。父は、叱るよりはどちらかといえば行動で示す方であったと思う。高校時代数学の出来なかった私に、遅くまででも教えてくれていた。
「梨沙は元の頭が良いからちょっとやればできる。」
一緒に勉強しているとき、よくそのようなことを言っていた。勉強時間の短い、理系科目に関しては非常に物分かりの悪い高校生時代の私を責めもせず、よく根気よく教えてくれたと思う。
また、何か良くないことをしても、きちんと話を聞いてくれる。両親に説教された後、深夜まででも叱るでもなく、長時間私の不満や不安の相談に乗ってくれた。だから私は、父をむやみに避けることはなかった。
父と娘の関係に限らず、異性の家族とは分かり合えないことがよくある。異性の兄弟においてもそうである。やはり男女の心理は異なっているからであろう。また、異性であれば共通の話題も持ちづらい。女性の家族同士であれば洋服の貸し借りもできるし、男性の家族同士であれば同じような趣味を持ったり、一緒に遊ぶことができるかもしれないであろう。そういった共通点も、確かに話題作りには有効であろう。
しかし、そういったことより重要なことは誰かを受け入れることではなかろうか。そのためにも会話は重要であるし、口先だけにとどまらない優しさも必要ではないであろうか。人に裏切られるのは悲しい。そういった「裏」のないであろう優しさを持った家で、私は育ったのだと感じる。生育する家族は選ぶことができない以上、私は恵まれていた。私も、人を受け入れられる、人の意思を尊重できる人物でありたいと思う。
